3世紀の出来事
201〜300年・弥生時代〜古墳時代
64 件 世界 12・日本 12・ヨーロッパ 19・アジア 17・中東 4
3世紀の主な出来事
- 208年アジア赤壁の戦いで、劉備・孫権連合軍が曹操を破り、中国は三分の形勢となる。
- 212年ヨーロッパカラカラ帝がローマ帝国の全自由民にローマ市民権を与える(アントニヌス勅令)。
- 224年中東ホルミズド平原の戦いでペルシアのアルダシール1世がパルティアのアルタバノスに勝利。
- 244年世界ミシケの戦いで、サーサーン朝のシャープール1世がローマ皇帝ゴルディアヌス3世を敗死させる。
- 日本日本では弥生時代末期から古墳時代初期にあたる。
- 260年ヨーロッパシャープール1世がエデッサの戦いでローマ帝国のウァレリアヌス帝を虜囚とする。
世界12
- 203年セプティミウス・セウェルス帝がガラマンテス族を破り属州アフリカの「リメス・トリポリタヌス」を拡大する。
- 211年後継のカラカラ帝が共同皇帝であった弟のゲタを粛清する。
- 217年パルティア遠征中のカラカラ帝がカルラエ(ハッラーン)近郊で暗殺され、マクリヌスがローマ皇帝になる。
- 228年アレクサンデル帝の近衛長官で法学者でもあったドミティウス・ウルピアヌスが近衛軍団の反乱で暗殺される。
- 239年倭国の女王卑弥呼が帯方郡に使者を送り、魏の明帝への奉献を願う。
- 244年ミシケの戦いで、サーサーン朝のシャープール1世がローマ皇帝ゴルディアヌス3世を敗死させる。
- 251年王淩の乱(寿春三叛の一つ)。
- 255年毌丘倹・文欽の乱(寿春三叛の一つ)。
- 258年ローマ司教シクストゥス2世やカルタゴ司教キプリアヌスが殉教。
- 258年諸葛誕の乱(寿春三叛の一つ)。
- 261年ウァレリアヌス帝の共同皇帝だった息子のガッリエヌスが単独皇帝となり、キリスト教寛容令を発布。
- 297年ローマ帝国東方副帝ガレリウスがサーサーン朝のナルセ1世に勝利し、都クテシフォンを制圧する。
日本12
- 238年呉の「赤烏元年(238)」の紀年銘を持つ画文帯神獣鏡(山梨県西八木郡鳥居原きつね塚古墳)。
- 239年明帝は詔して、卑弥呼を「親魏倭王」とし、金印紫綬・銅鏡100枚を授ける(魏の景初三年『三国志』魏書・東夷伝)。
- 239年「景初三年」の紀年銘を持つ神獣鏡(大阪府和泉市の和泉黄金塚古墳と島根県雲南市の神原古墳)。
- 240年「□始元年」の紀年銘を持つ三角縁神獣鏡(群馬県高崎市の芝崎古墳と兵庫県豊岡市森尾古墳)。
- 243年倭王が魏に使者を送り、生ロ・倭錦などを献じる(魏の正始4年、『三国志』魏書・小帝紀、同東夷伝)。
- 244年「□烏七年」(呉の赤烏七年)の紀年銘を持つ画文帯神獣鏡(兵庫県宝塚市の安倉古墳)。
- 245年魏の少帝、倭の大夫に黄幢を授け、帯方郡を通じて伝授させることとする(魏の正始六年、『三国志』魏書・東夷伝)。
- 247年倭の女王卑弥呼、倭の使者を帯方郡に遣わし、狗奴国との交戦を告げる。魏は、使者を倭に派遣し、詔書・黄幢を倭の大夫に与え、檄をつくって告喩する(魏の正始八年、『三国志』魏書・東夷伝)。
- 248年頃この頃、女王卑弥呼死す。その後、卑弥呼の宗女・台与が女王となる。
- 日本では弥生時代末期から古墳時代初期にあたる。
- 樺太南西端と北海道北端でオホーツク文化(初期)が成立する。
- 266年倭の女王が晋に使節を派遣する(『日本書紀』の神功紀66条に引く晋起居注。『晋書』武帝紀、西晋の泰始二年)。
ヨーロッパ19
- 212年カラカラ帝がローマ帝国の全自由民にローマ市民権を与える(アントニヌス勅令)。
- 218年セウェルス家の巻き返しでエメサの神官ヘリオガバルスがローマ皇帝になる。
- 222年ローマ皇帝ヘリオガバルスが暗殺され、従兄弟のアレクサンデル・セウェルスが皇帝となる。
- 235年マクシミヌス・トラクスのキリスト教徒迫害で、ローマ司教ポンティアヌスとその対立者ヒッポリュトスがともに殉教する。
- 248年ローマ皇帝ピリップス・アラブスによるローマ建国一千年祭が行われる。
- 249年べロエアの戦いで、ピリップス・アラブスが戦死し、パンノニア総督デキウスが皇帝となる
- 250年ローマ司教ファビアヌスが殉教、後継者をめぐってノウァティアヌス派が分離する。アレクサンドリア学派のオリゲネスが投獄される。
- 251年アブリットゥスの戦いで、ローマ皇帝デキウスがゴート軍に殺害される。
- ローマ帝国では軍人皇帝時代が始まる。またこの時代の帝国内外の社会的・経済的変動を含めて「3世紀の危機」とも呼ぶ。
- 260年シャープール1世がエデッサの戦いでローマ帝国のウァレリアヌス帝を虜囚とする。
- 268年/269年 - ナイススの戦いでクラウディウス・ゴティクス帝がゴート人に勝利しバルカン半島を制圧。
- 271年ローマ皇帝アウレリアヌスが「アウレリアヌスの城壁」を建設(〜275年)。
- 274年ローマ皇帝アウレリアヌス帝がガリア帝国を征服し、ローマ帝国の再統一を達成。
- 284年ディオクレティアヌスがローマ皇帝に即位(〜305年)。専制君主制(ドミナートゥス)を導入する。
- 293年ディオクレティアヌスがローマ帝国のテトラルキア(四分割統治)を始める。
アジア17
- 204年曹操が鄴を占領し、この地を根拠地とする。
- 207年白狼山の戦いで、曹操が烏桓を破り、烏桓は弱体化。
- 208年赤壁の戦いで、劉備・孫権連合軍が曹操を破り、中国は三分の形勢となる。
- 215年陽平関の戦いで曹操が漢中の五斗米道教団に勝利。合肥の戦いで曹操が孫権に勝利。
- 219年樊城の戦いで、曹操・孫権連合軍が勝利し、敗北した劉備軍の関羽が処刑される。
- 220年後漢の献帝が禅譲し、曹操の子曹丕が皇帝となり魏を建てる(漢魏革命 - 265年)。
- 221年劉備が蜀(蜀漢)を建てる(〜263年)。劉備による孫権への東征の途上で張飛が横死する。
- 222年孫権が夷陵の戦いで蜀に勝利し、自立して呉を建てる(〜280年)。三国時代が始まる。
- 234年五丈原の戦いで蜀の諸葛亮と魏の司馬懿が交戦。途上で諸葛亮が陣没し司馬懿は軍を退却させる。
- 238年遼隧の戦いで遼東の公孫淵が魏の司馬懿に滅ぼされる。
- 263年魏が蜀を滅ぼす(蜀漢の滅亡)。魏の司馬昭が晋公となる。
- 263年魏の劉徽が『九章算術』の注釈本を著す。
- 265年魏の元帝の禅譲を受け、司馬炎が西晋の初代皇帝(武帝)となる(〜316年)。
- 267年パルミラ王国の実権を女王ゼノビアが掌握する。
- 291年晋で八王の乱が起こる(〜306年)。
中東4
- 224年ホルミズド平原の戦いでペルシアのアルダシール1世がパルティアのアルタバノスに勝利。
- 226年ペルシアのアルダシール1世が「エーラーンの諸王の王(シャーハーン・シャー)」の称号を名乗る(サーサーン朝ペルシアの成立)。
- 271年サーサーン朝のシャープール1世がジュンディーシャープールに医学教育のための学院を設置。
- 276年頃サーサーン朝のバハラーム2世の命で宗教家マニが捕縛され処刑されたか。