1848年の出来事
弘化4年/嘉永元年
28 件 世界 3・日本 1・北米 6・ヨーロッパ 17・アジア 1
1848年の主な出来事
- 1月12日アジアダルハウジー侯爵がインド総督に着任(〜1856年)。藩王国の併合を進める失権の原理の厳格な適用や鉄道・電信の建設を推進し、後のインド大反乱(セポイの乱)の遠因となる。
- 2月2日世界米墨戦争が終結し、グアダルーペ・イダルゴ条約が締結される。メキシコが合衆国へカリフォルニアやニューメキシコなど広大な領土(メキシコ割譲地)を割譲し、アメリカ合衆国の領土が太平洋岸に到達。
- 4月18日世界インドで第二次シク戦争が勃発(〜1849年、イギリス東インド会社によるパンジャーブ併合と全インド征服完成への契機)。
- 7月26日北米ウィスコンシン大学マディソン校 成立
- 9月12日ヨーロッパスイスで新憲法(1848年憲法)が採択。国家連合から近代的な連邦国家への移行を果たし、連邦議会が確立する。
- 日本日本で弘化から嘉永に改元(孝明天皇の代始改元)。
世界3
- 2月2日米墨戦争が終結し、グアダルーペ・イダルゴ条約が締結される。メキシコが合衆国へカリフォルニアやニューメキシコなど広大な領土(メキシコ割譲地)を割譲し、アメリカ合衆国の領土が太平洋岸に到達。
- 4月18日インドで第二次シク戦争が勃発(〜1849年、イギリス東インド会社によるパンジャーブ併合と全インド征服完成への契機)。
- 7月米国の捕鯨船員ラナルド・マクドナルドが日本潜入を企て利尻島に密入国。長崎に送られ、森山栄之助らオランダ通詞に日本初の体系的英語教育を行う。
日本1
- 日本で弘化から嘉永に改元(孝明天皇の代始改元)。
北米6
- 1月24日米国カリフォルニアのサッター製材所で砂金が発見され、カリフォルニア・ゴールドラッシュが始まる。
- 3月18日ボストン公共図書館 成立
- 4月3日シカゴ商品取引所 設立
- 7月26日ウィスコンシン大学マディソン校 成立
- 9月26日オタワ大学 成立
- 11月7日米大統領選挙で米墨戦争の英雄であるホイッグ党のザカリー・テイラーが当選。
ヨーロッパ17
- 2月21日マルクスとエンゲルスがロンドンで共産主義者同盟の綱領として『共産党宣言』を刊行(「万国のプロレタリア団結せよ」)。
- 2月22日フランスで二月革命が勃発。ギゾー内閣による改革宴会弾圧に抗議した市民・労働者が蜂起し、国王ルイ・フィリップがイギリスへ亡命(七月王政の崩壊)。
- 2月25日フランスで第二共和政の臨時政府が樹立。穏健共和派の詩人ラマルティーヌ、社会主義者ルイ・ブランらが参画し、男子普通選挙の導入、労働権の保障、国立作業場の設置、植民地奴隷制廃止を決定。
- 3月7日BNPパリバ 設立
- 3月13日オーストリア帝国のウィーンで三月革命が勃発。宰相メッテルニヒが失脚してイギリスへ亡命し、30余年続いたウィーン体制が完全に崩壊。
- 3月15日ハンガリー三月革命が勃発。コシュートの指導のもとオーストリアからの自治政府樹立・封建的特権の廃止を要求。
- 3月18日プロイセン王国のベルリンで三月革命が勃発。国王フリードリヒ・ヴィルヘルム4世が憲法制定議会の召集と自由主義的改革を約束。
- 3月24日第一次シュレースヴィヒ=ホルシュタイン戦争
- 5月18日ドイツ統一と憲法制定を討議するため、初の普通選挙による国民議会であるフランクフルト国民議会がパウロ教会で開幕(オーストリアを含む大ドイツ主義と、オーストリアを除外してプロイセンを中心とする小ドイツ主義が対立)。
- 6月23日フランスで六月蜂起(国立作業場の閉鎖・再編に反発したパリ労働者の武装蜂起)が発生し、陸軍大臣カヴェニャック将軍により武力鎮圧される(ブルジョワ・農民と労働者階級の決裂が決定的となる)。
- 7月25日第一次イタリア独立戦争:クストーツァの戦いで、ラデツキー将軍率いるオーストリア軍がサルデーニャ王国軍を撃破。
- 8月31日ウィーンでヨハン・シュトラウス1世の『ラデツキー行進曲』(北イタリア独立運動を鎮圧したラデツキー将軍を称賛する楽曲)が初演される。
- 9月12日スイスで新憲法(1848年憲法)が採択。国家連合から近代的な連邦国家への移行を果たし、連邦議会が確立する。
- 9月ロンドンで、ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ、ジョン・エヴァレット・ミレー、ウィリアム・ホルマン・ハントらによってラファエル前派が結成される。
- 10月6日ウィーン十月蜂起が急進派市民や学生により発生。皇帝フェルディナント1世が退避し、ヴィンディシュグレーツ軍による鎮圧後、反革命派の巻き返しが決定的となる。
アジア1
- 1月12日ダルハウジー侯爵がインド総督に着任(〜1856年)。藩王国の併合を進める失権の原理の厳格な適用や鉄道・電信の建設を推進し、後のインド大反乱(セポイの乱)の遠因となる。